こんにちは。 松崎 (まつざき)です。
橘橋、大淀大橋の北詰めから北進する2本の道路は、江平五叉路 (えひらごさろ)で合流しますが
2つの橋の南詰めから南進する2本の道路も、宮崎南バイパスで合流します。
◎ 大淀大橋南詰めから南バイパスまで
大淀大橋の北詰めから北進する
「老松通り}は宮崎駅に出ますが、
南詰めから南進して南宮崎駅に出
る道路を「南駅通り」と言います。
宮崎駅の竣工は大正2年(1913年)
2月ですが、南宮崎駅は8ヶ月遅れ
て「赤江 (あかえ)駅」として開設
されました。
大淀大橋南詰
2年後の大正4年には所在地の地名から「大淀 (おおよど)駅」と改称されます。
現在の「南宮崎駅」と再改称されたのは25年以上経た昭和17年(1942年)のことでした。
昭和20年8月12日、終戦の3日前、「宮崎大空襲」と呼ばれる戦災で全焼してしまいました。
現在の鉄筋コンクリート造の駅舎が竣工したのは31年後の昭和51年(1976年)です。
今は戦災の痕跡はありませんが、ちょっとした町並みにも歴史が刻まれている事に改めて感慨深い思
いです。
◎ 南駅通りの町並み
大淀大橋の南詰めから南宮崎駅に
向かって、道路の右側(西側)は
大淀1~4丁目、道路の左側(東側)
は東大淀1~2丁目という町名で
す。南宮崎駅は東大淀2丁目に
あります。大淀1~4丁目は、前回
取り上げた太田1~4丁目に隣接
して東側にあります。明治時代は、
「宮崎郡大淀村」と呼ばれていたようですが大正5年に大淀町となり、大正13年(1924年)、「宮崎町
大宮(おおみや)村」と合併して宮崎市となりました。やはり、宮崎市の中では歴史ある町のようです。
大淀4丁目には「宮交シティ」があります。バスセンターを内包する複合型ショッピングセンターです。
ダイエーが核店舗となっています。

南宮崎駅正面口を左に曲がり、
歩いて約3分、最初の信号を過ぎ
たあたりです。
竣工は昭和48年(1973年)です。
大淀大橋の開通が昭和46年です
ので、期を一にして市街地が発展
して行く「見本」のようです。
現在の宮交シティ